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カナダについて
■ノバスコシア州

地 理

ノバスコシア州は南北580kmの長い半島で、四方を海に - 大西洋、ファンディ湾、ノーザンバーランド海峡、そしてセントローレンス湾に囲まれている。その地理的な位置と、冬でも凍らない大きな深い港のおかげで、州経済は大きく発展してきた。

州面積は5万5,491km2、デンマークより少し広く、スコットランドより小さい。 州の名前の由来は、スコットランドにちなんでいる。東西は平均128kmなので、州内どこも海から近い。

ノバスコシア州は、ごつごつした岬と静かな港、そして浜辺が入り組み、ギザギザした海岸線が1万424キロも伸びている。内陸部は無数の湖と川。陸地は岩だらけのアトランティック高地とケープ・ブレトン高地、そして森の多いコーブキッド丘陵から成り、従って農業は低地に集中している。1万5,000〜1万8,000年前に、氷河が海岸部から内陸へ後退すると、海水がかつての川の谷間に押し寄せ、無数の小さな天然の良港を作り、のちにそれらは漁港となった。

ノバスコシア州は北温帯に属し、四方を海に囲まれてはいるが、気候は海洋性というより大陸性であるが、気温差は海によっていくらか和らげられている。


歴 史

ヨーロッパから最初の探検隊が来るはるか以前から、この地域にはミクマック・インディアンが住んでいた。外からの最初の訪問者は、11世紀初めにやってきた北欧人である。そして、1497年にイタリアの探険家ジョン・カボットがこの一帯に豊かな漁場を見つけていた。

17世紀、ノバスコシア州の全域に、(ケベックやニューブランズウィック、米国メーンの一部と共にアカディア地方といわれていた)フランス人が入植した。1605年にピエール・ドゥモンが、カナダで初の農業入植者としてポート・ロイヤルに入り、成功している。18世紀には、イギリスとフランスがこの地域で争い、戦況は一進一退したが、1713年のユトレヒト条約で、アカディア全部がイギリスの支配下に入った。

その後も英仏間の抗争は止まず、主にフランス人の入植者だったアカディア人は中立を主張したが、1755年、英国はアカディア人が保安上の脅威になるとして、英国王に忠誠を誓おうとしないアカディア人全員をこの土地から追放した。多くは母国フランスに去ったが、ニューフランス地方に移ったり、合衆国に移住した人も多かった。1783年、新たに独立したニューイングランド諸州から数千人の英国王派(ロイヤリスト)がノバスコシアに移住してきた。彼らはアメリカ合衆国が樹立されたにもかかわらず、英国の支配下に留まることを望んだのである。ロイヤリストの流入で、ノバスコシアの人口は2倍になった。1784年、ノバスコシアは、ニューブランズウィックとケープブレトン島の植民地に分離した。

1848年、新聞社主であり愛国者であったジョセフ・ハウの尽力により、ノバスコシアは英国植民地の中で初めて責任政府をもつに至った。1867年に4つの州が集まって「カナダ自治領」という新しい連邦を作ったが、ノバスコシアもその内のひとつである。当時、ノバスコシアは造船業と木材・水産品貿易で世界の最前線にあった。連邦はケベック市までの鉄道敷設の資金援助をし、これによってノバスコシアは内陸部への道が大きく開けた。2回の世界大戦の過程で、ノバスコシアの州都ハリファックスは平站基地として重要になり、世界有数の軍港となった。


人 々

ノバスコシアの人口94万2,000人の内、約25%はイギリス諸島出身の流れを汲んでいる。フランス系、他のヨーロッパ系の占める割合も多い。

州民にはドイツ系、オランダ系、ポーランド系、イタリア系、ユダヤ系、レバノン系も多い。1812年戦争の後、チェサピークなど数千の黒人がハリファックスに移住してきた。今日、黒人系の州民は1万8,000人を超える。近年、移住してきた人々には中国系、インドシナ系、アフリカ系、アジア系、東ヨーロッパ系などがある。

先住民族系の人々は約1万2,380人(1996年)、主にミクマック族である。

人口の多い地域は、まずハリファックス州都圏で約32万9,000人、次いでシドニーを含むケープ・ブレトン郡の約11万7,000人。主な都市は、ヤーマス、ケントビル、ブリッジウォーター、トゥルロ、アマースト、ニューグラスゴーなど。約半数のノバスコシア州住民は小さな町、田園地帯、海岸沿いの地帯に住んでいる。


経 済

ノバスコシア州の経済は非常に多様性に富んでいる。当初の資源型から始まって、現在では多種多様の製造業や商業、サービス業などがある。

資源部門は、まず漁業、特にスコシア大陸棚の豊かな漁場から始まった。水揚げされるのはコッド、ハドック、スケトウダラ、ロブスター、ホタテ、カニなど。水産資源、特にタラは近年、減少の一途を辿って割当制が厳しく、漁業で生計を立てている人々を脅かしている。

ノバスコシアは小さな州だが、林産部門が高度に発達し、パルプ・製紙工場が4社ある他、製材工場は数百を数える。

鉱業では、石炭の生産が年間320万トンで、圧倒的に第一位。その他、石膏(年産700万トン)がカナダ全体の70%以上を占める。塩、バライト、砕石、泥炭、砂、砂利なども生産している。オフショア石油と天然ガスの探査が、過去10年間、精力的に行われ、1991年にセーブル島の近くで、最初の石油の商業生産が始まった。

農業生産は、高度に専門化して営業されている。最大の部門は酪農、次いで園芸、家禽、卵、肉牛、豚。ブルーベリー、りんご、加工果物、野菜、ジュースなどは輸出されている。

観光も重要な部門である。年間10億カナダドル以上を売上げ、3万人を超える州民が働いている。ノバスコシアを訪れる観光客は年間200万人を超え、その内約4分の1は外国から訪れる観光客である。

州の立地条件は、産業と貿易にきわめて適している。港湾施設、近代的なハイウェー、空輸、工業団地、研究・教育施設はどれも多彩で建設的なビジネス環境を作っている。


2009-12-08 更新


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